「日本は遅れすぎ」あらゆる格差と闘い、誰もが得をするロンドンの音楽家サポート方法論
「才能を支える。業界を変える。文化をつくる。」をテーマに掲げた、音楽と仕事の明日を考える1Dayカンファレンス「NSOM_HR」が11月30日(土)に渋谷・QWSで開催された。最終回となる第4回のレポートでは、英国・ロンドンのアーティスト育成団体「PRS Foundation」のMaxie Gedgeを迎えたセッション「ロンドンに学ぶ:持続可能な音楽エコシステムと未来の都市生活」の模様を振り返る。
日本には存在しないオルタナティブな基盤
「NSOM_HR」ではるばる英国からMaxie Gedgeが招聘されたのは、若林恵が主宰するプログラム「Another Real World」にて、昨年10月に「ロンドン〈都市と文化の未来〉ツアー」が開催されたことが背景にある。旅のテーマは「都市と文化の未来」。「音楽」を軸に、ロンドンでユニークな活動を繰り広げる組織や企業を訪ねながら、「都市」と「文化」の新たな関係性を学ぶことが主な目的だった。
セッション冒頭の挨拶で、若林は「音楽業界を盛り上げようとなったときに、レーベルやレコード会社だけでできることには限界がある。日本の文化をもっと外に出していくためにも、国や行政サイドからできることがあるのではないか。そこでNSOMボードメンバーと一緒にツアーを組み、ロンドンの音楽まわりの状況をみてきました」と経緯を説明する。
日本と同じように、英国でも学校での音楽授業など文化に関する予算はどんどん削られている。そのような状況下で、どうやって文化をサステインしているのか。そこで重要な役割を担っているのが、例えばBBC(英国の公共放送局)のような民間の公共団体・行政機構であると若林は言う。
実際にツアーを通じていくつかの団体を訪ねながら、多くの学びを得たNSOMボードメンバーたちは、日本との違いを探りつつ議論して過ごしたそうだ。ジェイ・コウガミは、ツアーレポートでこのように綴っている。
今回のツアーで出会った、ロンドンの音楽シーンを取り巻く様々な団体からは、社会における音楽の必要性と、音楽の未来への強い希望しか感じなかった。なにより音楽やカルチャーの作り手であるアーティストや作曲家や演奏家に対する多大なリスペクトがあり、豊富な知識と課題解決のノウハウに裏付けられた彼らの発言には圧倒的な説得力があった。(〜中略〜)
特に、音楽産業やカルチャービジネスのエコシステムを作っているのは、経済誌の表紙やメディアの特集に登場するレコード会社やマネジメント会社の経営者でも、プラットフォーム型のビジネスモデルや産業構造でも無いことを、ロンドンで痛感させられたのは、大きな経験となった。
カルチャーを支えるオルタナティブな基盤:「新しい音楽の学校」ロンドンツアー2019で学んだこと(ジェイ・コウガミ)
本セッションに登壇した柳樂光隆もまた、大いに感銘を受けたようだ。
今、ロンドンでは土壌を作り、水路を引いて、種が芽生えるような準備をして、更には茎をのばし、花を咲かせ、種を実らせるまできちんと見守るようなシステムがあり、アーティスト自身が必要だと思えば、それらを自分の意思で選び取り利用できる環境が用意されていた。
DIYという言葉は美しい:新しい音楽の学校・ロンドンツアー19レポート(柳樂光隆)
具体的な訪問先については引用したツアーレポートに譲るとして、そのなかでコウガミは「ロンドンの音楽シーンが活発に感じられたのも、彼らのような活動に刺激された部分が影響しているように感じられた」とも記している。つまり、公共団体・行政機構によるサポート——コウガミの表現を借りれば「日本には存在しないオルタナティブな基盤」が、現地ミュージシャンのボトムアップに大きく貢献しているというわけだ。
PRS Foundationの母体にあたる、PRS for Musicが公開した音楽著作ロイヤリティーが集まるルートを解説した動画。
そういったロンドンにおける先進的なエコシステムのなかでも、PRS Foundationはとりわけ象徴的だ。若林は、この団体がPRS for Music(日本でいうJASRACに近い著作権管理団体)によって運営されており、インディペンデントなアーティスト育成のためにファンドから出資し、著作権として返ってきたお金をアーティストに分配しつつ、一部をさらなるアーティストの発掘に回していくという、一種の循環経済を実現させていると説明した。
Maxie Gedgeは2016年よりPRS Foundationに参画。そちらの業務と並行して、ジェンダーバランス支援プログラム「Keychange」のプログラムマネージャーも務めている。さらに彼女は、自身のレーベルをDIYで経営しており、インディーバンドのドラマーとしての顔も持つ。第3回のレポートで紹介したMass Appealと同様、音楽シーンの「当事者」が社会課題に取り組んでいるところも重要なポイントだろう。
セッションの前半では、彼女のプレゼンテーションを通じて、PRS FoundationおよびKeychangeのプログラムについて説明された。
未来への投資と「持続可能」なエコシステム
次世代アーティストの支援団体としては、英国最大規模となるPRS Foundation。彼らは公式サイトでミッションとして、「私たちは英国全土で才能育成と、ニューミュージック(カバーではないオリジナルの音楽)をサポートすることにより、音楽の未来に投資しています。どういった背景をもつソングライターやコンポーザーでも可能性を実現し、世界中のオーディエンスにリーチできるようにする」と掲げている。
PRS Foundationはアーティスト活動のための資金提供や、コンサートやイベント等への出演調整といったサポートを行なっており、全12名という小さいチームで運営しながら、2000年から現在までに7,300ものプロジェクト、イニシアチブ(新しい提案)に対し、3,500万ポンド(約50億円)の資金提供を果たしている。次のレベルに進むべきミュージシャンに対し、そのギャップを埋めるための支援をするのがファンドの使命であり、デビュー直後のグループから世界進出を志すアーティストまで、それぞれのキャリア形成に応じた35種類ほどの個別ファンドが用意されている。
さらに、PRS Foundationはただお金を集めて提供するだけでなく、ミュージシャンに機会を提供するため、多くの企業・団体とパートナーシップを結んでいる。そのなかには、国内の文化芸術に関する公的助成機関アーツカウンシル・イングランド、海外展開の活性化を任された政府機関に加えて、英国最大の音楽フェスであるグラストンベリー、BBC Radio 3やSpotifyといったメディア/プラットフォームも含まれており、活躍や露出の場を求めるアーティストと、有望なミュージシャンを求める出資パートナーがWin-Winの関係になるようなネットワークの架け橋となっている。
多くの著名アーティストがPRS Foundationのサポートを受けているなかで、Maxieはいくつかの例を挙げていった。ここではそのうち、旬のトップランナーを2組取り上げておこう。
まずは、今年2月末に来日公演も控えているロンドンのジャズバンド、Ezra Collective。彼らは結成初期の段階でファンド申請し、少額のサポートをレコーディング資金に充てて、2016年にデビューEP『Chapter 7』をセルフリリースしている。そこから海外進出のサポートも受けるようになり、SXSWや有名ジャズフェスを含むアメリカツアーを成功させると、グラストンベリーの大舞台で見せたパフォーマンスも反響を呼び、UKジャズシーン屈指の人気バンドへと成長していった。
2019年のグラストンベリー・フェスティバルにおけるEzra Collectiveのステージ。
もうひとりはDave。昨年3月発表のデビューアルバム『Psychodrama』で全英チャート1位を達成し、さらにマーキュリープライズ(UK及びアイルランドで毎年最も優れたアルバムに贈られる音楽賞)も受賞。最近ではNetflixドラマ『トップボーイ』にも出演している、21歳の気鋭ラッパーだ。
マーキュリープライズ受賞式でのDaveのパフォーマンス。
彼を支援したファンドは「International Showcase Foundation」。その名の通り、海外のショーケースフェスティバルやカンファレンスに招待されたアーティストをサポートするもので、旅行費用の最大75%を助成し、SXSWやEurosonicなどさまざまなフェスへの参加を支援している。
Maxieの説明によると、PRS Foundationでは5年に1度のペースで投資対効果の調査を行なっており、International Showcase Foundationについては、1ポンドの投資に対して8ポンドのリターンがあると結果が出ているそう。「音楽シーンにおける創作面のインパクトも重要視していますが、政府機関がパートナーとして参画しているので、数値で効果を示すことも重要なことなのです」と彼女は説明している(詳しくは後述)。
プレゼンのなかで、Maxieは「私たちの活動のキーワードは“持続性”です」と語っていた。あらゆる方面にメリットをもたらしつつ、ほんとうの意味で平等にアーティストを支え続けるためには、時にシビアな判断をくだすことも求められるのだろう。それにそもそも、「誰に投資するべきか」を見誤らない審美眼があったからこそ、無数のサクセスストーリーと経済効果を両立してこれたはずで、それはよきリスナーでもある何よりの証左ともいえる。きめ細やかで抜かりないシステムづくりと、その根本にある音楽への理解が、長年にわたるサポートを実現させてきたのは想像に難くない。
50:50のジェンダーバランスをめざして
そんなPRS Foundationだが、あるときの調査で、女性アーティストへのサポート比率が13%と極端に低いことが判明した。そこでジェンダーの格差をなくし、女性がプロアクティブに活躍できる場を提供すべく、新たなファンド「Woman Make Music」が2011年に設立される。しかし、同ファンドの周知が及ばなかったこともあり、77%の女性アーティストが一度もファンド申請したことがなかったことが、調査によって明らかになったという。
Keychangeはそのような状況を打破し、男女平等のサポートを中長期的なプランで実現すべく立ち上げられた。ここでは英国だけでなく、カナダやフランス、ドイツなど参加12カ国で女性アーティストの公募を行なっており、毎年74名が選定されている。2019年現在までに222人をサポートし、奨励金や活動プログラムに加えて、理念に賛同する13の音楽フェスでの演奏やパフォーマンスの機会を提供。これまで60のアーティストが、国境を越えたコラボレーションやショーケースを通じてキャリアを推進させてきたとMaxieは語る。
さらにKeychangeでは、2022年までに音楽業界のジェンダーバランスを50:50にすることを目標に掲げ、その“誓約”に世界中の音楽団体が300近くも署名している。
2018年2月にスタートしたこのキャンペーンは、MeTooムーブメントとも共鳴することで国際的に注目を集め、日本も含めたさまざまなメディアに取り上げられた。Maxieによると「広告換算したら3,300万ドル(約36億円)相当」になる見込みだという。
もちろん、彼女たちのゴールはただポピュラーになることではない。「この活動を単なるトレンドで終わらせるつもりはありません。具体的に働きかけなければ意味がないので、マニフェストとしてまとめたものを政府に提出し、国レベルで提案をしています」とMaxieは力説している。
ちなみに今年1月に入ってから、2020年度のKeychangeに参加する74名が発表された。そこにはエストニアのエクスペリメンタル系シンガーMaarja Nuut、ベルリンのローファイポッパーDENAなど、大衆に迎合しない独自の創作ヴィジョンをもつアーティストも名前を連ね、公式ページには彼女たちの曲を集めたプレイリストも用意されている。このあと2月20日に、採択者全員が参加するミートアップがストックホルムで開催されるそうだ。
数値データとストーリーの二本立て
セッション後半では、柳樂と若林のほか、風営法改正やナイトタイムエコノミー政策を主導した弁護士で、時代に見合ったルールメイキングについて説いてきた齋藤貴弘も登壇し、Maxieとのトークが繰り広げられた。
まずは齋藤が、Maxieのプレゼンに「すごく感動しました」と率直な一言。現状と法律のズレに向き合ってきた齋藤にとっても、極めてロジカルなイノベーションを推進しているPRS Foundationの方法論は響くものがあったようだ。
進行役の若林は「先ほどのセッションで、音楽業界に“ギャップ”があるという話でしたが、具体的にどんなものが挙げられますか?」と質問。
それに対しMaxieは、「音楽家からヴェニューまでロンドンに集中していたり、地域的な偏りもあると思います。先ほど申し上げたジェンダーバランスもそうだし、人種や経済格差、障がいなどさまざまなギャップがあります。メジャーな音楽業界では若いアーティストが注目されがちで、年齢によってもバリアが存在しています」と、ダイバーシティの観点から多くの問題点を指摘。「PRS Foundationでは注意深くモニタリングしながら、広く平等にファンドが行き渡るようにし、時代ごとの社会状況が反映されているか注意しながら、(ミュージシャンが)バリアを越えられるような活動をしています」と続けた。
行政や企業のなかには、PRS Foundationのような理念に理解を示さない人がいそうなもの。そういう人たちに対し、「文化」の重要性をどういうロジックで説得しているのか? そんな若林の質問に対し、Maxieの答えは実に鮮やかだ。
「そこで、先ほど話したようなスタッツが大事になってくるんですよ。伝えてもわからない方々には、数字として表れている経済効果を示していくんです。そういった統計的なデータと、(アーティストの成功例といった)パーソナルな物語の2本立てで攻めると、『ギャップを改善しなければ新しいクリエイティブが出てこない』とイメージしやすくなるので」
ここで柳樂が、そういった数値の指標化は、音楽が都市に与えるインパクトを数値化するため、齋藤が観光庁と一緒にプロジェクトを進めている「Creative Footprint」にも通じる話ではないかと指摘する。
Creative Footprintは対象都市における音楽・舞台芸術等のシーンの活気と発育を数値として指標化することで、文化の担い手であるクリエーターと行政側のポリシーメイカーの間をかけ渡す事を目指すNPOによる調査だ。東京でこのような調査が行われるのは初の試み。
調査は3つの柱を主軸としており、空間、コンテンツ、それからフレームワーク––すなわち法整備状況等の文化を取り巻く条件 —— の3つの角度から分析が行われる。各軸の評価方法にあたっては、音楽施設の数や規模、イベント数などのビッグデータからアプローチ可能な定数的なデータのみならず、ワーキング・グループを設置する事で精通者に各施設におけるプログラムの「内容」「多様性」「表現の幅」といった主観的な評価についてもデータを集め、地域の分析を行うという点でこれまでに無かった調査となっている。実験性や芸術性の高いコンテンツの作成に注力しているクリエーターこそ、都市の魅力づくりに貢献しているイノベーターでリスクテーカーである故に守って行く必要がある、というのがCreative Footprintが始まった背景にある。
「音楽が都市に与えるインパクトを数値化、東京でもCreative Footprint調査が始動」(Resident Advisorより)
そんなCreative Footprintの取り組みについて、齋藤はこのように説明する。
「インバウンド観光の文脈でナイトタイムエコノミーを盛り上げようとするのは、国の目線で言うと、(夜ならではの消費・娯楽によって)観光消費を上げていこう、という経済政策になります。ただそこで、経済政策だけの物差ししかないと、今は草の根だけど将来的に大きくなる可能性を秘めた『文化』の動きを見落としかねない。そういったものを測る物差しを作るべく、元アムステルダム・ナイトメイヤーやベルリン・クラブコミッションのスタッフ等と取り組んでいます」
そして、Creative Footprintの調査によると、「コンテンツ」はニューヨークやベルリンを上回るほど点数が高かった反面、「空間」の点数は低く、「フレームワーク」はさらに低い、という結果になったという。「行政の方には、こんなに豊かな文化が東京にあるのにフレームワーク・コンディションが全然ダメというふうに、またデベロッパーの方には、もっとスペースを有効活用できるのではないか?とお伝えしました」と齋藤は語る。
では、PRS Foundationはどうやって数字を集計し、どのように国と交渉しているのか? 柳樂の質問にMaxieが答える。
「先ほども申し上げたように、PRS Foundationは5年に1度のペースで調査を行っており、音楽で生計を立てている人や、作曲やパフォーマンス、ラジオ、ストリーミングなどによって得ているお金の情報を集計しています。また、The Musicians’ Union(英国のミュージシャンを代表する組織)からダイバーシティにまつわる情報を得たり、UK Music(英国のレコーディング/ライブ産業を代表する組織)から業界関係者のアンケートを取ったりして、具体的な収入状況などを取得しています。こういったさまざまな情報を統合することで、より具体的な数字が得られるわけです」
隙のない回答に、今度は柳樂が「すごいっすね……」と声を漏らす。PRS Foundationは理想を掲げるだけでなく、万人が納得できるようにプロセスを踏むことも怠らない。日本では改善すべき問題の多くが、価値観の押し付け合いによって滞っているが、ブレイクスルーのヒントはこんなところにありそうだ。
日本はまだすごく前の段階
PRS Foundationのように単なる統計調査だけでなく、ギャップを埋めるためのシステム設計も行い、そのKPI測定まで実施している団体は、残念ながら日本には見当たらない。「そもそも日本では、これを誰がやるべきなのかという座組みが見当たらない」と齋藤は言う。そもそも国や行政レベルでは、こういったやり方の存在すら認識されていないだろう。齋藤も「Creative Footprintでも観光庁に対し、リサーチの重要性を説得するのは簡単ではなかった」と振り返っている。
その話を聞いて、真っ先に動くべきなのは「当事者」である自分たちだと、Maxieは強く主張した。
「音楽業界にいるのは私たちなので、最初から政府に頼るのではなく、まずは私たちがしっかり動いていくべきだと思っています。ここで働いている人たちはみんな音楽が大好きで、音楽のために努力している。その声がひとつになれば政府も動かせるかもしれないし、ダイバーシティにおける問題もクリアできるかもしれない。そうやって一定の“持続性”をもち続けてきたからこそ、エド・シーランのようなアーティストも出て来れたのだと信じています」
とはいえ、若林が彼女に話したように、業界側からアクションを起こすにせよ、それを取りまとめる主体がなければ意見をまとめようがないのも事実。しかし、それを企業に任せてしまうと、企業同士のエゴがぶつかりかねない。その点で英国では、PRS Foundationだけでなく、上述のアーツカウンシル、The Musicians’ Union、UK Musicなどニュートラルな団体がうまく機能し合っている印象を受ける。なぜそうなっているのだろうか?
「PRS Foundationは約20年前にスタートしたのですが、その前身はもともと、クラシックの作曲家や演奏家をサポートするため約50年前に作られた組織でした。そこで草の根レベルからポピュラーな音楽家へと育てていく過程で、『誰にどのように投資するべきか』というシステムをしっかり整備する必要に迫られ、PRS Foundationの設立へとつながったわけです。例えばそういった歴史的背景が、要因のひとつかもしれません」
PRS Foundationによる2017年の紹介動画。多くのミュージシャンが彼らへの感謝を述べている。
このMaxieの回答は、優れたエコシステムが長い時間をかけて少しずつ醸成されていったことを示唆している。そういった問題意識が根ざしてこなかった日本で、ロンドンの取り組みを取り入れるのは容易ではなさそうだ。だからといって、「文化の違い」と目を逸らすのではなく、これからでも議論したり、民間や行政レベルでの対話をはじめていくべきだろう。
齋藤はその一例として、「最近よく不動産デベロッパーの方とお話するのですが、彼らは街をどう面白くしていくか課題意識を持たれていて、そこと音楽の絡め方を模索しています。でも、デベロッパーさんは音楽業界との接点を持っていないことも多い。そこの関係構築が重要だと思います」と語っていた。
柳樂の問題意識も同様だ。彼はジャズ評論家としての立場から、日本と英国の差をこのように語っている。
「日本ってまだまだ、すごく前の段階にいるんですよね。ジャズってもともと男性が非常に多いジャンルで、楽器を演奏する女性ジャズミュージシャンは、それこそ差別的に感じられるほど少なかった。ところが、この前ロンドンに行ってみたら、結構どのバンドにも女性がいるんですよ。他にも、現在活躍しているアーティストについて調べてみると、実はPRS Foundationがサポートしてましたって話がたくさん出てくるわけです。イギリスでは10年前くらい前から、小さい子供とかを対象にかなり早い段階で女性が楽器に触る機会を増やすとか、女性の演奏家自体を増やすための施策を地道に推し進めていた。日本もそういう段階からじっくりとやる意識を持たないと難しいと思います」
また、先に引用したコウガミのツアーレポートにも、PRS Foundationから学ぶべきことが綴られている。日本の音楽業界は有名人のプッシュや企業・インフルエンサーによる宣伝、もしくはバズってるニューカマーに便乗することばかり考えている節があるが、PRS Foundationのフェアなサポートは、音楽に経済価値だけでは計ることのできないバリューがあり、ヒットしてる音楽だけが正義ではないという文化的な豊かさも思い出させてくれる。
国や環境は違うにせよ、常に文化助成金の運用や文化支援がブラックボックスな日本の行政や業界とは、課題解決方法や枠組みの在り方、考え方に大きな違いを感じてしまった。
与えられた構造や社内での業務や予算達成をこなす音楽業界人やカルチャービジネス関係者という個々が分断された役割分担とは大きく異なる。日本には存在しないオルタナティブな基盤が音楽産業やカルチャービジネス、アーティスト育成推進に根付いているのは、組織連携を軸にしたイギリスの文化支援という共通の姿勢なのだろう。
PRS Foundationは育成と活動支援という領域で常に選択肢を用意していたが、決してヒット曲やスターのビジネスを作ることが目的ではないところに、日本の音楽産業にもヒントがあるのではないだろうか。
カルチャーを支えるオルタナティブな基盤:「新しい音楽の学校」ロンドンツアー2019で学んだこと(ジェイ・コウガミ)
中国や香港を含めた世界中のフェスがKeychangeの誓約に賛同しているが、日本のフェスはまだ署名に至っていない。とはいえ、Maxieが1泊2日の弾丸スケジュールで「NSOM_HR」に登壇してくれたのをきっかけに、今後はPRS Foundationと日本のつながりも生まれるかもしれない。
Maxieは最後に、「アーティスト側から日本市場でのコラボを求める話が出てきたり、逆に日本サイドからPRS Foundationサポートのビジネス案などがあれば、連絡をいただくことで実現する可能性があると思います」と言い残していった。彼女のスマートで理路整然とした語り口に、会場中が感服している様子だった。
イベント終了後の交流会には登壇者も参加。食事を楽しみながら、職種やジャンルを超えた交流の輪が生まれていった。
写真:HAYATO TAKAHASHI
文:小熊俊哉