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DIYという言葉は美しい:新しい音楽の学校・ロンドンツアー19レポート(柳樂光隆)

音楽批評家として、ジャズを中心に日々多数のアーティストをインタビューしてきた柳樂光隆(Jazz The New Chapter)。新しい音楽の学校ボートメンバーとともに10月に敢行したロンドン視察ツアーで柳樂が注目したのは、多くの人が発した「DIY(Do It Yourself)」という聞きなれた言葉に対する違和感だった。カルチャーが育つために必要なエコシステムの原点に迫る。

今回のロンドンツアーでずっと考えていたのは、DIYという言葉の意味だ。

これまでにDIYという言葉はパンクやヒップホップやダンスミュージックを取り巻く場所で度々見かけてきた。若者たちが自分自身で、自分の身の回りにあるもの、何とか手に入る最小限のツールを使い、仲間たちと共に様々な創意工夫をしながら、自分たちの表現を生み出していくようなことに対してDIYという言葉を使っていたと思う。

今回のロンドンツアーでは音楽を取り巻く様々な場所に行って、そこで話を伺ってきたが、そこでも多くの人がDIYという言葉を口にした。ラジオ局のREPREZENTWORLDWIDE FMは特に力強く語っていたのが記憶に残っている。その時、彼らはその言葉をものすごくポジティブに、ものすごく誇り高く使っていた。DIYという言葉は、彼らが考える最も美しい言葉のひとつと言ってもいいのかもしれないとさえ感じた。

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ロンドン発のラジオ、REPREZENTで収録中のDJ。スタジオは、コミュニティ施設POP BRIXTONのなかで運営されている。

それと同じことは僕が近年、ロンドンのジャズシーンを追っている際にも感じていた。若いミュージシャンたちがシーンにどんどん現れ、彼らが次々に作品をリリースし、SpotifyやSNS上で話題になっていて、ジャズ不毛の地イギリスで過去に例を見ないようなジャズのムーブメントが起きている。

そこでも多くのミュージシャンや関係者たちはDIYという言葉を誇らしげに語っていた。ツアーでロンドンの新世代ジャズシーンにおける重要拠点の一つのトータル・リフレッシュメント・センターに行ったときもそこのエンジニアは繰り返し、DIYという言葉を使っていた。

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ロンドンのスタジオ、トータル・リフレッシュメント・センターの収録スタジオ。2012年からDIYの精神のもと運営が続いている。

「手探り」というDIYの在り方

ただ、彼らが使うDIYという言葉が持つ意味は、僕がこれまでにぼんやりとイメージしていたものとは少し異なっているように思えた。正確に言うと、ほぼ合致しているのだが、少しだけニュアンスが違っていた。

これまで僕はDIYというのは自然発生的なものだと思っていた。何もないところからいきなり芽が出て、育ち、勝手に大きくなったもののことを指すイメージだ。初期衝動が人を表現や制作に駆り立て、見よう見まねでやった不器用でいびつな表現がもつエネルギーに魅せられる。そんな物語のことをDIYだと思っていた。

ただ、よくよく考えてみれば、僕らは多くの場合、学校で読み書きや計算を教わり、歴史や教養を、そして芸術を学ぶ。最低限の何か、みたいなものは身につけさせてもらってから、それぞれの道へと進んでいく。そういったものがベースにあり、そこから自分自身で始めた手探りの表現があれば、それはDIYと呼ばれる。

ジャズ教育を無償で提供するトゥモローズ・ウォーリアーズ。子どもたちが音楽に触れる機会そのものを提供している。

無料の教育というサポート

ロンドンのトゥモローズ・ウォーリアーズというNPOはジャマイカ移民のジャズ・ミュージシャンのゲリー・クロスビーと彼のパートナーであるジャニー・アイアンズが運営している団体で、若い世代にジャズ教育を無料で提供している。彼らは音楽をプロのジャズ・ミュージシャンを育成するというよりは、どちらかと言うと、楽器を演奏する機会を与え、ミュージシャンそのものの分母を増やすというような活動を主にやっていて、その中でもうまくなった受講者にはもう少し上の技術的な指導を行うようなプログラムも用意している。

彼らは1991年からその活動をDIY的に地道に続け、少しづつ認知されて行き、2011年からアーツ・カウンシル・イングランドのサポートを受け、サウス・バンク・センターを拠点にし始めたことで、その活動は一気に広がり、それが現在のロンドンでのジャズの活況を生んだ最大の要因になっている。

またロンドンには他にも様々な無料の教育プログラムがある。近年話題になることも多いブリット・スクールは授業料が無料の学校だし、ジャイルス・ピーターソンのレーベルのブラウンズウッド傘下のNPOフューチャー・バブラーズによるアーティスト育成プログラムもある。ロンドンの名門ライブハウスのロニー・スコッツは近年、ロニー・スコッツ・チャリタブル・ファウンデーションを設立してジャズ教育のプログラムをはじめた。そういったプログラムをアーツ・カウンシル・イングラウンドやPRSファウンデーション経由による助成金や出資などの金銭的なサポートが支えている。

今、ロンドンの若手ジャズ・ミュージシャン達の多くはそういった政府や行政やファンドなどからのサポートにより活動している無料の教育プログラムを経て、シーンに出てきている。

PRSファウンデーションが行う様々な慈善活動などのプロジェクトは、業界全体のために行われている。

万全の環境と「自己流」の両立

若いミュージシャンが楽器を手にするところから、使い方を学ぶところ、そして、シーンに出ていくところから、時にはその先までを様々なプログラムが支えている構図を僕は日本にいる間からぼんやりとイメージしてはいたが、今回のツアーでそれがはっきりと見えた。

今、ロンドンでは土壌を作り、水路を引いて、種が芽生えるような準備をして、更には茎をのばし、花を咲かせ、種を実らせるまできちんと見守るようなシステムがあり、アーティスト自身が必要だと思えば、それらを自分の意思で選び取り利用できる環境が用意されていた。

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トータル・リフレッシュメント・センターには、年代ものの機材も。

それは僕がこれまでに考えていたDIYの考え方とは少し違うものだったかしれない。ただ、初等教育レベルの最低限の知識や技術を与え、その後は、あくまで自主性を尊重しつつ、ミュージシャン本人が必要だと思うものを適時提供していくようなサポートのやり方であれば、確かにDIYの考え方とは矛盾しない。ロンドンのジャズ・ミュージシャンたちはそういったプログラムを受けた後、音大に行くものもいれば、そのままミュージシャンとして活動するものもいて、様々だ。

アメリカのジャズミュージシャン達の多くが、音大でハイレベルな教育を受け、高度なテクニックや理論を身に付けてからシーンに出るのとは異なる状況がここにはある。

「パンクなDIY」という可能性

ツアーの合間にロンドンで最も盛り上がっているというスティーム・ダウンと言うイベントを観に行った。若いミュージシャン達によるセッションのイベントで、基本のバンドはいるが、その場で楽器を持ってきたミュージシャンやシンガーやラッパーや詩人が参加してジャムセッションをするもの。ミュージシャンも客も黒人が多めで、カラードの女性が安心して音楽を楽しめることがコンセプトにあると後から聞いて納得したりもした。

そこにはトゥモローズ・ウォーリアーズやブリット・スクール出身のミュージシャン達が演奏している。音楽的にはジャズというよりはレゲエやロックの色が強い縦ノリの演奏が多く、ロンドンならではのカルチャーが反映されていた。お世辞にも演奏が上手いとは言えないし、曲も洗練されてもいなかったが、初期衝動を若いミュージシャンと観客がシェアしていて、観客は踊りまくり、ミュージシャンは煽りまくり、会場は常にすごい熱気で、まさに若者たちのパーティーという感じだった。

いわゆる「ジャズ」がインストールされているというよりは、ジャズの初歩だけを身に付けて、その後は彼らが考えた自分たちの音楽を我流で演奏しているのがよくわかって、それゆえの荒々しいサウンドが魅力なのもよく分かった。

様々なサポートを受けた若者たちだが、ここでの演奏を見ているとそれがどこからどう見てもDIYな音楽であることも分かったし、いまロンドンで起こっているジャズのムーブメントが、若い黒人ミュージシャンたちによる「パンク」みたいなものであることもよくわかった。ちなみにスティーム・ダウンはロンドン南部のライブハウスを借りて行われていて、チケットを売っていたのは明らかに主催者の友達と言った感じで、フードはこれまた友達なんだろうなと思われるアフリカ料理の店が出店していた。どっからどう見てもDIYだ。

政府や行政からのサポートを受けた教育プログラムが育んだ新しいパンク・ムーブメントを目の当たりにして、音楽を取り巻く理想のようなものを目にした気がした。社会や公共とアートの関係は日本でも話題になっているが、それに対する一つの答えを出すヒントがここにはあると思う。

写真:ロレンツォ・ダボルスコ
文:柳樂光隆

柳樂光隆|MITSUTAKA NAGIRA
1979年、島根・出雲生まれ。ジャズとその周辺の音楽を扱う音楽評論家。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズの監修者を務める。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』などがある。『WIRED』日本版『i-D JAPAN』『CDジャーナル』『JAZZ JAPAN』『ミュージック・マガジン』『BRUTUS』『ユリイカ』などの雑誌にも寄稿。ジャズに留まらず、数多くのライナーノーツも手がけている。

【柳樂も登壇する「新しい音楽の学校 HR Summit 2019」(11月30日開催)。チケット申し込みは下記から】


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New School of Music | 新しい音楽の学校 は、「21世紀の音楽ビジネス」を学びそれを担うプロを育てていくプロジェクトです。ボードメンバーにジェイ・コウガミ、柳樂光隆、岡田一男、若林恵の4名をむかえ、2019年6月よりスタート。

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