カルチャー・ビジネスの新しいルール
新しい音楽の学校 開校に寄せて
若林恵|NSOMボードメンバー代表/黒鳥社
デジタルテクノロジーが旧来の音楽産業をディスラプトしていった際、「これからは音楽家とリスナーが直接やりとりするようになるからミドルマンはいらなくなる」といったことが盛んに言われたものですが、じゃあほんとにアーティストだけで、より健全でエキサイティングな音楽環境ができるのかと言えば、そう簡単な話でもない、ということが近年になって随分と明らかになってきたように思われます。
いくらアーティスト本人が頑張ったところで、音源の配信から、代金の徴収から、ライブの企画・制作から、プロモーションから、コミュニケーションまで、すべてをスクラッチからやれるわけもなく、結局は配信プラットフォームやらコンサートプロモーターやら、既存のSNSサービスといったものを使うことになるわけで、そうした状況をみるにつけ、かつてのミドルマンが新しいミドルマンに変わっただけ、ということだったのだな、ということが腑に落ちてきます。要は、大きな再編が起きたということなのでしょう。
とはいえ、それはなかなかに劇的な再編ではあったので、かつての業界構造はそのままにプレイヤーが単に入れ替わるだけでは済みません。劇的な再編のなかで、やはりゲームのルールが大きく変わっていくことになりました。ゲームのルールが変わるということは、ゴールの設定も、採点の仕方も、勝ち負けの基準も変わっていくということで、それはとりもなおさず、各プレイヤーに求められるスキルや能力も変わっていくことを意味しています。
そのことを、きちんと理解して、新しいゲームの戦い方を身につけないと、サッカーのルールで、バスケットボールをやるようなトンチンカンな事態になってしまいます。そして実際、そんなとんちんかんなゲームがいたるところで繰り広げられているのは、なにも音楽の世界に限ったことでなさそうです。
この度、黒鳥社が主宰する「新しい音楽の学校 New School of Music」では、音楽の世界をモデルケースとして、そうした新しいルールのあり方、それに基づいたビジネスの構造、絶えず生まれつつある新しい職業や職能、さらに、そのルールの背後にある、社会動態の大きな変化、カルチャービジネスの新しいミッションなどについて、広い視点から考察していきたいと考えています。
そのテーマは、ビジネスはもとより、カルチャーのインキュベーションや教育、コミュニティマネージメント、さらに都市開発や文化政策にまで及ぶ、幅広いものとなります。アフターデジタルのカルチャービジネスの構造と戦略についてはジェイ・コウガミ氏、音楽の教育・インキュベーションと地域コミュニティについてはジャズ評論家の柳樂光隆氏、激変する情報環境のなかで刻々と変化するアーティストのマインドセットと活動形態に即した、これからのサポートメカニズムのあり方について岡田一男氏、そして音楽を通じた都市開発や文化ポリシーの現状についてを若林、を講師として、これからの音楽カルチャーを、ひとつのエコシステムとしていかにつくりあげていくことができるのかを、参加者のみなさんと考えていきたいと思います。
新しいルールのなかで、新しい音楽文化をつくっていくことのできる、柔軟なマインドと、オープンな心と、シャープなビジネスマインドと、カルチャーへの愛と好奇心に溢れた受講者を、音楽業界の内からも、外からも広く募りたいと考えております。
「新しい音楽の学校(NSOM)」はカルチャーはもっと面白くなるはず!との思いをいつか叶えたいと思っている方のための学校です。奮ってご参加くださいませ。
Photograph by SHUNTA ISHIGAMI