育てる・歩む・踊りまくる:新しい音楽の学校・ロンドンツアー19レポート(岡田一男)
音楽業界を経て、IT企業やレストランといった多様な領域で活躍する岡田一男(エンタメブートキャンプ)。新しい音楽の学校ボートメンバーとともに10月に敢行したロンドン視察ツアー、そして自身のルーツを振り返りながら、音楽とアーティストの未来を考える。
ロンドン滞在最後の夜、老舗のクラブであるミニストリー・オブサウンドでDJハーヴィーがかけるバリー・ホワイトの「Let the Music Play」で踊りまくっていた。
ロンドン生まれのハーヴィーはハウス、ディスコ、バレアリック・シーン (バレアリックはイビザ島を含むスペイン領のバレアリス諸島が語源の音楽ジャンル。解放感、酩酊感があり身体を揺らす)のカリスマ的なDJ。この夜はLAに移住している彼がミニストリーオブサウンドの29周年パーティのために、夜通し凱旋プレイを行っていた。
客層は中華系の若い人たちがかなり多かった。20年前に自分がロンドンで毎日クラブで遊んでいた時に日本人の留学生がたくさん夜遊びをしていたように、いまは中華系の留学生が多いのだろう。そして40代、50代くらいのイギリス人もたくさんいた。そのなかの数人と軽く話したが、ハーヴィーが90年代ミニストリー・オブサウンドのレジデンスDJになる前に自身で主催していたMoistにも行っていたという長年のファンもいた。
ロンドンという体験
昔からUKの音楽に惹かれていた自分は、学生時代の1999年から2000年に、1カ月に2回はロンドンで週6で夜遊びをして、色々なクラブで音楽を浴びていたことがある。この体験が自分が社会人として最初に音楽業界に入った強い動機の一つになっている。
両親は海外にボブ・ディランやキッス、ブルース・スプリングスティーンなどのライブに行くような人たちで、「海外はいくつになってもみんなコンサートに行く土壌があるし、音楽やカルチャーに対しての情熱がある人が多い」とよく言っていた。実際20歳のころに行ったロンドンのクラブやライブハウスで出会った人たちのなかには、当時の自分より倍以上の年齢の人たちがいて、みんなパワフルに踊っていた。しかも、たくさん(今年でその当時の倍の年齢になったが、全くそこまでパワフルに踊れなかった)。
その後も、ロンドンから出てくる新しい音楽の潮流、それを担っているDJやインディペンデントのレーベルやレコード屋、クラブに魅了された。そして音楽シーンも好きだったが、その音楽やカルチャーを生みだすエコシステムがどうなっているのかが、日本のレコード会社に入ってからも20年間頭の片隅ではずっと気になっていた。レーベルやアーティストのマネタイズやプロモーション、ブランディングのやり方の変化については情報が入ってくるが、それら業界を取り巻くエコシステムが日本にいるといまいちわかりにくかった。
無理せず育てるエコシステム
今年10月頭、新しい音楽の学校(NSOM)のボードメンバーである若林恵さん、ジェイ・コウガミさん、柳樂光隆さんたちと1週間ほどロンドンに音楽やカルチャーを中心とする視察に行く機会があった。業界がどうやってマネタイズしているか、どういうサービスがいま流行っているか、という視点だけではなく、音楽やカルチャーがまわるエコシステムがどうなっているかを探る視察だった。
印象に残っている一例はFuture Bubblersだ。
日本のレコード会社に限らず、どこでも有望な新人アーティストの青田刈りは当たり前かもしれないが、青田刈りされてすぐに消費し尽くされていなくなってしまうアーティストも多い。Future BubblersはGilles Petersonが新たに設立した次世代プロデューサー・サポート・プログラムで、その逆の発想でアーティストを育てている。
Future Bubblersがリリースしたコンピレーションアルバム。プログラムに参加するアーティストたちが作品を発表する場として機能するだけでなく、同プログラムを運営する資金源の一部にもなっている。
3年のカリキュラムでイングランド各地の無名な新人アーティストをサポートしているのだが、ロンドンやバーミンガム、リバプールなどだけではない、かなりローカルな地方都市のアーティストを積極的にピックアップしている。あくまで無理やりプッシュをせずに自分たちのペースで活動をさせてプレッシャーをかけずに才能を育てるようにしていると言う。
Gilles PetersonはBrownswood Recordingsというレーベルを経営しているが、Future Bubblers出身のアーティストの多くをまる抱えせず、他のレーベルに紹介するなどしているようだ。日本ではレーベル単体、もしくはレーベル数社やメディアが一緒になって新人発掘、育成をすることはあるが、それは専属契約が前提となっているものばかりだ。
また若いアーティストが地元にとどまって地元を音楽で活性化させていきたいなどの理念が素晴らしいと思った。ファンドレイジングのやり方も教えたりもしていて、目先の売り上げをどう作るかも大切だけれど制度をうまく活用して補助金を支給してもらうことも非常に大切であると感じた。日本で、アーティストがクラウドファンディングを使ったりする実例は増えているが、色々なファンドレイジングのやり方を教えてアーティストが自走できるようにバックアップする機関はまだないように思える。
リスペクトしながら歩む
今回の視察では他にも音楽と都市をテーマにしたコンサルティングを行うSound Deplomacy、イギリスの音楽家支援団体PRS Foundation、ウォルサム・フォレスト・ロンドン自治区の都市開発担当者などを訪れた。印象としては、行政の人もコンサルの人もカルチャーや音楽を非常に愛している、かつ様々な知識を持っていた。とくに行政にも企業で働いていた人がいたり、コンサルでもビョークのレーベルにいた人がいたり、多様な人がいて領域横断で色々な経験と生きた知識をもっている印象だった。
イギリスの音楽家支援団体PRS Foundationが実施する、音楽業界のジェンダー格差を解消するためのプロジェクト「Keychange」。11月30日に開催される「新しい音楽の学校 HR Summit 2019」には、同プロジェクトのプロジェクトマネージャーが登壇する。
ロンドンで出会った人たちは、音楽やカルチャーに直接関わる人たちと行政やデベロッパーの人たちがお互いリスペクトして、それぞれの業界や知見を学んで共に歩もうとしている感じがめちゃくちゃ良かった。日本においても音楽やカルチャーに関わる仕事をする上で今後デベロッパーや行政との連携はこれから非常に大きな課題になっていくだろう。ロンドンのような人材交流がもっとあれば、日本の音楽業界にもよいだろうと思った旅だった。
写真:ロレンツォ・ダボルスコ
文:岡田一男
岡田一男|KAZUO OKADA
1979年生まれ。2002年、エイベックス株式会社に入社。11年に独立し、株式会社ハレバレを設立。16年株式会社CAMPFIREに執行役員として入社し、全カテゴリの営業チームと広報/PRの責任者、株式会社CAMPFIRE MUSIC代表取締役副社長、株式会社エクソダス取締役などを歴任。19年よりsio株式会社取締役、株式会社yutori アドバイザー。
【岡田も登壇する「新しい音楽の学校 HR Summit 2019」(11月30日開催)。チケット申し込みは下記から】