音楽が都市に多様性を実装する:ロンドン市、国連が頼る異能コンサル集団Sound Diplomacyインタビュー
2018年12月15日に開催された「新しい音楽の学校 Vol.00」。本校開校に先駆けたプレイベントとして実施されたカンファレンスには、ぼくのりりっくぼうよみ、いきものがかり・水野良樹も参加し、いま求められる「新しいプロフェッショナル」について激論が交わされた。
そのなかでひときわオーディエンスの興味をかきたてたのはヨーロッパを拠点とし、「音楽都市」を標榜するコンサルティングファームのSound Diplomacyだ。同社は音楽業界での知見を元に、国や都市をコンサルティングし、経済とカルチャーを成長させてきた実績をもつ。来日してくれた同社のプロジェクトリーダー、カーチャ・ハーミスは、バンクーバーやロンドン、そして国際連合工業開発機関(UNIDO)をクライアントにキューバの音楽戦略立案した実績をプレゼンしてくれた。
若林恵がコンテンツディレクターを務める黒鳥社が開催し、現在参加者募集中の「ロンドン〈都市と文化の未来〉ツアー」でも、同社を訪問する予定。ジェイ・コウガミ、柳樂光隆、岡田一男といった本校のボートメンバーと一緒に、Sound Diplomacyの全面協力のもと、新しい音楽都市のかたちを肌で感じられる旅となる。さらに、アーティストが集うコミュニティスペースなど、都市と文化の在り方を考える本ツアーは、音楽関係者のみならず地方創成や都市施策に関わる人々も、見逃せない内容となっている。
ここでは、昨年の来日時に行なった、カーチャへのインタビューを公開する。カルチャーとビジネス、そして都市を軽やかに架橋する彼女の言葉から、音楽という文化のもつ新たな可能性を感じてほしい。
KATJA HERMES(カーチャ・ハーミス)
Sound Diplomacyのプロジェクトリーダー。同社に加入する以前は、音楽フェスティバルのMUTEKやソフトウェアメーカーのAbletonなどで活動。12年以上にわたり音楽業界に携わってきた。
「音楽都市」という戦略
──まず、Sound Diplomacyが考える、都市(シティ)の定義について、教えてもらってもいいですか?
都市は、人々が出会い、生活し、働く場所です。人が集まり、人生を楽しむ環境といえるかもしれません。ただ定義の話をすると、町(タウン)よりも多くの人々が住んでいる場所といえます。私の母国のドイツだと人口10万人以上と定義されます。
──規模の違いは、「音楽都市」という戦略を考える上で大きな違いをもたらすのでしょうか。
大きな都市の方が、たくさんの物事が起きていることが多いでしょうね。それは音楽に関しても、同じです。大規模な自治体で戦略を考えるときには、すでにある音楽を整理する必要があります。音楽に対する自治体のポリシーをつくったり、その土地に伝わる楽曲の権利関係を整理したり…。
あと人口が多い場所で大切なのは、人と人がお互いに迷惑がかけないようにすることです。都市と音楽が共存するためには、たくさんの人を外部から呼んだり、新しい場所をつくったりするだけでなく、そこに住むすべての人のことを考えなければなりません。
豊かな音楽体験のために、クラブが100コつくる必要はありません。クラブが1箇所しかなくても、数えるほどのミュージシャンしかいないとしても、もしくは音楽学校が1つしかなかったとしても、人が興奮する音楽は、その土地から生まれる可能性があるのです。
(同社が公開するガイドでは、「音楽都市」のつくり方がアセットやバリューといったビジネスの言葉を使いながら解説されている)
都市の価値を上げるための音楽
──どの都市にも特徴があり、ある種の多様性があると思います。そこに音楽を持ち込む時に、解くべき「方程式」のようなものはあるのでしょうか?
1つの都市でとある施策がうまくいったら、それを他の都市でも適用することは可能です。たとえば、「夜の市長」という取組みは、アムステルダムから始まり、世界中に拡がりました。もちろん、その土地に最適化することは忘れないという前提はあります。何よりも忘れてはいけないのは、数学や科学から音楽都市が生まれるわけではないということです。都市は常に変化しているので、それに合わせて方針を変える必要があります。
もちろん、基本となる手順は存在します。まず地域を調査して、クラブや音楽学校などが、どこにあるのかを地図上にマッピングします。まず、どこに問題があるかを把握する。次に、問題を解決するためのリサーチです。住民たちにアンケートを行い、それを分析することもあります。最後に、自分たちのプロジェクトの経済的な影響を試算します。これらのステップは、もしかしたら「公式」と呼べるかも知れません。ただ、いつも同じソリューションが異なる都市に対して通用するわけではないのです。
──ある都市でSound Diplomacyがプロジェクトをスタートするとします。チームは何人くらいで編成されるのでしょう。また、会社全体の人数についても教えてください。
だいたい4-5人ですね。まずリーダー。次にプロジェクトマネージャーが1か2人、あとはリサーチャーと経済アナリストが1人ずつ必要です。Sound Diplomacy自体は、会社全体で15人程度のスタッフを抱えています。オフィスは、ロンドンとベルリンとバルセロナに3つですね。ただ、いま人を増やそうとしています。もっと経済アナリストと、マーケター、データサイエンティストも探しているところです。これから、アメリカで事業が拡大する可能性が高いんです。
──会社全体だと、いくつのプロジェクトが動いているんですか?
25コくらいですね。もう15人だと、回すのが難しくなってきています。その内訳は50%が北アメリカ、50%がヨーロッパという感じです。アメリカだけでなく、カナダのバンクーバーでもプロジェクトが始まりました。
──プロジェクトは、オフィスごとに別のチームが担当しているのですか?
そんなことはありません。たとえば、経済アナリストはベルリンにいて、全てのプロジェクトの分析を行なっています。みんな、オフィスに関係なくプロジェクトを動かしているんです。ストラテジーをつくるのは、どこからでもできますから。とてもフレキシブルに働いていますよ。
たとえば、ブレクジットのあとはヨーロッパ本土にあるオフィスの重要性が上がりました。本社と創業者はいまもロンドンにいますが、アメリカでも投資が増えているし、今後はアジアでもプロジェクトを進めたいと思っています。
──もし日本の地方都市からオファーをうけたら、「音楽都市化」をどう進めていきますか?
あくまでわたしの意見ですが、世界中の都市と音楽業界で起きている問題は、たいてい似通っています。ジェントリフィケーションだったり、家賃の高騰だったり、どう音楽を売るかだったり…、ナイトクラブの取り締まりだったり。都市が直面している課題は、同じような気がするんです。そこには「住む価値がある場所にするには、どうすればいいのか?」という根本的な問いがあります。
もちろん、わたしたちはいつもローカルパートナーを必要としています。言語の問題だけでなく、現地のことを深く知る人々と協力しなければ、プロジェクトが成功することは難しいでしょう。もし「方程式」があったとしても、土地に住む人たちからのアドバイスがないと、目指すべきターゲットもわかりませんから。
(Sound Diplomacyが毎年開催する「Music Cities Convention」。2019年は中国の成都で開催。若林恵、岡田一男も参加を果たした)
都市はお互いに助け合う
──なぜ同じ問題が世界の都市で起っているのでしょうね?
面白いのは、発展のフェーズが異なる都市でも同じ問題が発生していることです。冷戦終結後に開発が進んだベルリンと、長らく国際都市のロンドンでは、規模が異なりますが、さきほど述べたような問題が同時に発生しています。またベルリンとアメリカの小都市でも、同じ行政上の問題が発生していたり…。
とにかく他の都市で起きた過ちを学んで、繰り返さないことが大事です。たとえば中国だと、発展のスピードがとても速いので、音楽関係でも問題が大量に発生します。ただ、それはロンドンや東京ですでに発生したものであることが多いのです。
これまで、それぞれの都市は発展を目指しているだけでした。ようやくお互いに学びあい、異なる指標のもとで経済を発展させていくことができるようになった。だからこそ音楽の違いが多様性をもたらす「音楽都市」が、重要な意味をもってくるのだと思います。
──ソリューションを都市間でシェアできた具体例があれば、教えてください。
先ほど少し話した「夜の市長」が代表的ですね。ロンドン市のプロジェクトでは、ナイトクラブが潰れるのを止めるための政策をつくっていました。市長はロンドンが退屈な街になることを、危惧していたんです。そこで、「夜の市長」の役職を設け、ナイトライフを守る施策を行ないました。たとえば新しいビルがクラブの近くに建設されるとき、できるだけ遮音性の高い建物にすることを定めたり…。
そもそも「夜の市長」は、アムステルダムから始まって多くの都市がコピーをしていった仕組みです。ナイトライフを統括する1人の責任者を置くことで、状況が劇的に改善することが、徐々にヨーロッパ全土に伝わっていったんです。「夜遊び」の問題であっても、課題にフォーカスしていけば、それは解決できることが明らかになったんです。
ただ、もちろん都市の現実と繋がりがなければ、難しいところもあるでしょう。交通やスタートアップに関する施策と同じです。ただ、コピーするだけでは意味がないんです。スタジアムを建てるだけとか…。
(Sound Diplomacyが立案に携わった、キューバの音楽エコシステムの全体像を明らかにするプレゼンテーション)
世界が欲しがる、音楽という「武器」
──Sound Diplomacyには、経済的な指標を算出するアナリストがいるというお話しがありました。もう少し詳しく聞いてもいいですか?
数学で音楽都市はつくれませんが、数字は大切です。音楽やナイトライフの影響を、経済的な数値で示さなければ、多くの人は動きません。アメリカのオースティンをみれば、音楽によって多くの観光客が訪れることがわかります。オースティンは全米でも屈指の成長を遂げていますが、SXSWをみればわかる通り、テクノロジーだけでなく音楽が大きな役割を果たしています。結果、たくさんの企業があの街に集まりつつあるわけです。こういう例と経済効果を説明しながら、その街に最適化したプランを提案することで、それほど音楽に関心のない人たちともプロジェクトをを進めることができるのです。
──最近はテクノロジーやスタートアップが盛り上がっている都市も増えています。音楽による活性化と、テックのそれは、どこが違うのでしょう。
いまどの都市も「テックシティー」になりたがっていますよね。その結果、どの都市も研究者やエンジニアを必要としています。いま都市同士では、専門性の高いプロフェッショナルを巡る国際的な競争が繰り広げられているのです。その結果、徐々に単なるスタートアップ・カルチャー以上のものが都市を通じて届けられる必要を理解しつつあります。
ナイトライフや音楽シーンは、人々にとって都市に行ってみたい、住んでみたい理由になりえます。単純に経済的に豊かなだけでなく、エキサイティングな都市で暮らしたい人が多いからです。彼らにとって独自のセールスポイントになるからこそ、「音楽都市」はスマートな戦略といえます。音楽はすべての都市が欲しがっている「武器」になりえるのです。
──東京について、どう思いますか?
今回の来日では、音楽についてのリサーチはあまりできていないですが、とても静かだと思います。のぞき込まないとわからない部分があるというか。ベルリンよりも静かですよ。それは悪いことではないと思います。他の人たちを邪魔しない都市ですね。
──たしかに東京では、「人と人がお互いに迷惑がかけない」ことが前提になっているかもしれませんね。ただ、同時に人と人の分断も進みつつあるような気もします。
何度もプロジェクトを立ち上げるなかで、改めて気付いた音楽がもつ価値があります。それは、社会に対して大きな影響を与えることです。2018年にオバマがアメリカとキューバの国交を正常化する2週間前、メジャーレーザーがキューバを訪れ、40万人以上の人々が無料ライブに集まりました。もちろん、演劇や美術にも文化的な価値はありますが、この規模の影響を与えられるアートは音楽だけだと思います。だから、外交だけなく教育などの領域にも影響を与えられるはずです。
本質的に音楽は「部族的」なものなのだと思います。音楽がない大きなお祭りは想像できませんよね。音楽は「共に生きる」という本能を、人間に思い出させてくれるのかもしれません。音楽にはもっとユニバーサルな力があると、わたしは信じているんです。
写真:西田香織
取材・文:矢代真也