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カルチャーを支えるオルタナティブな基盤:「新しい音楽の学校」ロンドンツアー2019で学んだこと(ジェイ・コウガミ)

「新しい音楽の学校 HR Summit 2019」(11月30日開催)に登壇する、英国でアーティスト育成を行う財団「PRS Foundation」。音楽の著作権を管理する日本のJASRACにあたる団体である彼らは、なぜ音楽フェスティバルでの女性地位向上に取り組むのか。音楽とテクノロジーの関係を長年見つめてきたジェイ・コウガミ(All Digital Music)が、ロンドンを訪れて感じたのは日本にはない「カルチャーためのインフラ」の存在だった。

いま目の前にある時代の変化

日本の音楽産業とイギリスは、共通点が多いことが、今回のロンドンツアーで分かった気がする。

かつての勢いが下火になったCDセールス。少ないストリーミング人口(日本は今後も増加し続けるが)。アーティストが暮らしにくい都心の住宅環境。音楽で食べていくことが難しい現状。

もう一つ、思い起こした共通点もあった。イギリスも日本も世界有数の音楽大国ではあるが、意外にも現代の音楽産業に影響を与えるプラットフォームやビジネスモデルを生み出していない。イギリス発の音楽ストリーミングで言えば、「Last.fm」や「Mixcloud」くらいで、かつて一世を風靡したLast.fmは時代の変化に対応できずその役割は終焉。Mixcloudも小規模な運営でニッチな領域にとどまり続けている。

「Juno Records」や「Bleep」といったオンラインダウンロード・ストアを使ったことはある人がいるかもしれない。「7digital」(音楽ストリーミングのバックエンドを構築するB2Bサービス)の名前を知っている日本人がいれば奇跡的だ。

音楽の大量消費を促す音楽プラットフォームを市場に投入するのは、アメリカや中国、西ヨーロッパや北欧といった国や地域だ。そこに集まる資本力や技術力、業界構造との連携はますます加速している。一方で、これらの国と、それ以外の国では様々な面での音楽ビジネスの格差が広がってきているのも事実だ。音楽消費をコントロールし、グローバル化が進むプラットフォームにイギリスも日本の産業も直面し、音楽ビジネスとして多くの問題と悲壮感を持っているようなイメージを勝手に抱いていた。

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ロンドン北東部のウォルサム・フォレストにある100年以上の歴史をもつ映画館は、リニューアルの真っ最中だった。

プラットフォームやビジネスモデルからは見えない未来

だが、今回のツアーで出会った、ロンドンの音楽シーンを取り巻く様々な団体からは、社会における音楽の必要性と、音楽の未来への強い希望しか感じなかった。なにより音楽やカルチャーの作り手であるアーティストや作曲家や演奏家に対する多大なリスペクトがあり、豊富な知識と課題解決のノウハウに裏付けられた彼らの発言には圧倒的な説得力があった。

この10月に行われたロンドンツアーは、「新しい音楽の学校」プロジェクトのボードメンバーである若林恵さん、岡田一男さん、柳樂光隆さんたち、それぞれが違う角度から音楽シーンや産業に関わっているメンバーと、様々な音楽関係者やカルチャー支援者を訪ね、話をひたすら聞き続け、日本との違いを探り、議論をして過ごした。

訪問先は、音楽著作権管理団体PRS for Music(日本でいうとJASRACと同じ役割の団体)が運営するアーティスト育成団体「PRS Foundation」や、NPO(National Portfolio Organisations)として運用される「Tomorrow's Warriors」(トゥモローズ・ウォーリアーズ)や「Future Bubblers」(フューチャー・バブラーズ)、音楽経済コンサルティング会社でナイトタイムエコノミー推進を世界各地で行う「Sound Diplomacy」(サウンド・ディプロマシー)など。音楽教育者やNPO運営者からレコーディングエンジニア、コミュニティラジオ経営者、行政の都市開発担当まで多岐に渡る人に会ったが、いずれも音楽ビジネスやカルチャービジネス、文化支援を推進するエコシステムの中でそれぞれが重要な役割を担っており、日本の音楽産業の構造上には存在しない仕事や団体ばかりだった。

アーツカウンシル・イングランドが何に投資しているかを解説した動画。

ちなみにロンドンでは、レコード会社やストリーミングプラットフォーム会社などの音楽企業を一度も訪れていない。訪ねることも出来たはず。だが、持続的な音楽のエコシステムやカルチャービジネスを考える上で、プラットフォームやビジネスモデルを勉強ことだけでは分からないことが多すぎる。だから、「今回のツアーは今までで一番難しい」と出発前に若林さんが語っていたのが、現地を訪れてよく分かった。

特に、音楽産業やカルチャービジネスのエコシステムを作っているのは、経済誌の表紙やメディアの特集に登場するレコード会社やマネジメント会社の経営者でも、プラットフォーム型のビジネスモデルや産業構造でも無いことを、ロンドンで痛感させられたのは、大きな経験となった。

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ロンドン北東部の開発地区にあるパブ兼ライブハウスの様子。

カルチャー支援の人材の多様性

エコシステムを構築するにも、単一の団体や個人単位では成立できないことは周知の事実だ。だが、ロンドンで実践されているモデルでは、音楽に対する知識や経験、エネルギーを持つあらゆるレイヤーの人たちがエコシステム構築に参加できるというオープンさがあり、産業側の人材登用にも多様性を感じることができた。

そして、出会った団体や人たちは、誰もが新人育成や創作環境を含む音楽エコシステム的な思考を持ったプロフェッショナルばかりだった。年齢や経歴は関係なく、ボトムアップから次々と新しい枠組みを構築し続け、あらゆる人や団体を巻き込んで持続可能な音楽プログラムを実装している活動には興奮した。ロンドンの音楽シーンが活発に感じられたのも、彼らのような活動に刺激された部分が影響しているように感じられた。

Future Bubblersがリバプールで開催したブリックパーティー。

若手のジャズ・ミュージシャンに無償で音楽教育の機会を提供するNPO団体「Tomorrow's Warriors」は、ジャマイカ移民で地元ではベテランのジャズ・ミュージシャンのゲリー・クロスビーと、彼のパートナーであるジャニー・アイアンズによって運営され、政府機関やロンドンのベニューと連携しながら、地元のジャズミュージシャンをボトムアップで育てている。

ジャイルス・ピーターソンが主催するレーベル「Brownswood Recordings」が運営するNPO団体「Future Bubblers」に携わるエイミーとセラシーは、音楽業界での勤務経験もないが、アーツカウンシル・イングランドからの地方創生プログラムというミッションを受け、ロンドンだけでなくイギリス地方に「アーティスト育成」という枠組みを実装して音楽文化の復興と都市の活性化やを図っている。

11月30日の音楽カンファレンス「新しい音楽の学校 HR Summit 2019」に来日する「PRS Foundation」のマキシー・ゲッジは、世界各地の音楽フェスティバルでの女性アーティストやスタッフの地位向上と、出演アーティストのジェンダーバランスを2022年までに男女比イコールにするという世界的なダイバーシティ支援プログラム「Keychange」のプログラムマネージャーという重要職から様々なサポートをアーティストやフェスオーガナイザーに提供しながら、自身のレーベルを共同経営しつつ、インディーズバンドでドラムも叩いている。

これだけの人材をみても、いかにイギリスの音楽産業やカルチャービジネスの関係者にも多種多様な人たちが裏方にいて、アーティストや次世代の人材をサポートしているかが分かる。

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11月30日、「新しい音楽の学校 HR Summit 2019」に登壇するPRS Foundationのマキシー・ゲッジ

誰が音楽やカルチャービジネスを支援すべきか

ロンドンではまた、音楽団体の役割と責任の範囲が明確化していたのが印象的だった。特に、音楽業界や社会問題が抱える根幹的な課題の発見と解決方法を的確に捉える考え方が共通してインストールされている。ビジョンや課題の共有が迅速に行われ、協力体制も作りやすく、課題解決を共同で行動する。そこに政府や行政、文化団体も連携されたり、大手企業が無償で支援するが、自社のブランドイメージ向上や、政府のPR目的というイメージは微塵も表面化しない。

例えば「PRS Foundation」では、海外進出を目指すイギリス人アーティストを資金提供やショーケースライブなど様々な形で支援しているが、昨今目立つ若手イギリス人アーティストのSXSWや北米の音楽フェスへの出演も「PRS」の支援による仕組みだったことが、今回の視察で分かった。

「UKのメジャーアーティストやヒット曲のあるアーティストが海外進出したい場合はどうなってるのか?」とPRSのオフィス訪問時にマキシーへ質問してみたところ、「彼らはレコード会社のマーケティングの予算もスタッフも出るから、だから私達がサポートする必要はないですね」と至極まっとうな答えが返ってきた。

PRS Foundationが支援し、イギリスのアーティストも出演するNYのジャズフェスティバル「Winter Jazzfest」。「Keychange」にも賛同している。

つまりメジャーレーベルの役割と、インディーズやインディペンデントアーティストを支援する「PRS」の役割には明確なラインが引かれ、助成金の利用や行政の支援機能の棲み分けがイギリスの業界や音楽シーンでハッキリあることが、結果的には音楽産業や行政連携の透明性を高め、誰もが参加しやすいプログラムの構築に寄与するのだという。国や環境は違うにせよ、常に文化助成金の運用や文化支援がブラックボックスな日本の行政や業界とは、課題解決方法や枠組みの在り方、考え方に大きな違いを感じてしまった。

与えられた構造や社内での業務や予算達成をこなす音楽業界人やカルチャービジネス関係者という個々が分断された役割分担とは大きく異なる。日本には存在しないオルタナティブな基盤が音楽産業やカルチャービジネス、アーティスト育成推進に根付いているのは、組織連携を軸にしたイギリスの文化支援という共通の姿勢なのだろう。

PRSやアーツカウンシル、BBCが連携して、アメリカの音楽フェスにジャズ・ミュージシャンを送り込んで、現地のメディアとの接触や、ショーケースのオーガナイズが実現していたことを知り(そのフェスの様子は柳樂さんがSNSで伝えていた)、仕組みの深さとキメの細かさに圧倒されつつ、柳樂さんや岡田さんと3人で「腑に落ちた」と感心させられた記憶が今でも残っている。

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映画館、ライブハウス、ギャラリーとして機能する複合文化施設「RICH MIX」。メジャー映画からポエトリーリーディングまでカバーする。

音楽キャリアの未来像

イギリスの音楽産業やカルチャービジネスが今、最も意識して取り組んでいるのは、アーティストや音楽産業におけるメンタルヘルス問題だ。

音楽活動上におけるプレッシャーや周囲の期待、一夜にしてバイラルヒットを達成してセレブリティ化してしまう昨今の音楽事情に対して、健康な精神状態をキープすることは誰にとっても難しい。だが、アーティストやラッパー、DJが鬱病や不安症、中毒をカミングアウトしたり、孤独や安心へのサポートを求めることも難しいという業界構造や環境ができてしまっていたことも根深い問題だ。

このようなメンタルヘルスの問題に世界の音楽産業全体が向き合い始めている。中でもイギリスは世界的に先進的なサポートプログラムやチャリティ活動、啓蒙運動を実践している国でもある。アーティストだけでなく、マネージャーや業界関係者にもメンタルヘルスに関する教育プログラムやガイダンスの仕組みを共有するなど、取り組みは多岐に渡る。

こうした話も、アーティストの「キャリア支援」という枠組みで捉えることができるだろう。

ヒット曲やトップセールスを生み出したアーティストだけでは、音楽産業やカルチャーを持続させ発展させることができない時代に来ている。昔はCDでセールを作るアーティスト、今はストリーミングの再生を伸ばせるアーティストを育てたり、レコード契約する音楽の構造や契約内容では、アーティストの使い捨て状態が起こり、マネタイズや音楽活動の継続といった問題は決して解決しないだろう。

音楽での成功=音楽キャリアという固定概念と産業構造のアップデートが今こそ、必要なのではないだろうか?

前述の「Future Bubblers」では、新人プログラムに参加するアーティストには、リリースや再生数、SNSの話題性、レコード契約といったノルマや条件を突きつけず、作品を作るペースはあくまでアーティストに委ねるという。結果的にメジャーレーベルとレコード契約する人もいれば、インディペンデントな活動を選ぶ人もいるそうだ。それは当たり前な選択だったはずなのだが、従来の音楽ビジネスの視点からするとなかなか理解しにくいし、実際にサポートしていくのはさらに難しい。

加えて、世界的に見ても、アーティスト活動や音楽ビジネスの価値を定量化することは難しくなっている。セールスや再生数といった従来の音楽経済指標や、感動や共感、価値観といったフワッとした概念的な言葉で定義付けされがちだが、実際には社会や環境、産業と絡まった音楽や文化、アーティストの価値基準は流動的に多様化する一方だ。つまりアーティストや音楽産業も自分たちの価値基準は測りにくくなっていくと思う。

それだけに音楽産業やカルチャービジネスには、アーティストや産業構造に対してどれだけ多くの選択肢を提案して、実践できるかが大事な責任になっていくのではないだろうか。ロンドンでは「Tommorow’s Warriors」や「Future Bubblers」、「PRS Foundation」たちが育成と活動支援という領域で常に選択肢を用意していたが、決してヒット曲やスターのビジネスを作ることが目的ではないところに、日本の音楽産業にもヒントがあるのではないだろうか。

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ロンドンの巨大ライブ会場「Roundhouse」には、若者が格安で使える音楽スタジオがあった。

11月30日に開催するカンファレンス「新しい音楽の学校 HR Summit 2019」でも、こうしたロンドンで知り得た知識や体験をできるだけ共有しながら、日本の音楽産業やカルチャービジネスのこれからを作っていく人に向けて、音楽と文化とアーティストとの関係性についての気付きが提案出来たらと思う。

勝手な期待だが、日本でも、アーティストのキャリア支援をするプロフェッショナルが増えていってくれればと感じている。作品のリリースも、デジタルマーケティングも、デジタルディストリビューション、A&Rのプロでも構わない。著作権管理も、ブッキングも、財務管理も、法的支援も、メンタルカウンセリングも、あらゆることはアーティストのキャリア形成の一環になっていく中で、資本に関係なく、あらゆるレイヤーにプロフェッショナルが必要となってくるはずだ。アーティストには安心がもたらせるだろうし、そうした環境で生まれた自由な感覚を持った日本人の音楽が海外でも評価されると信じたい。

写真:ロレンツォ・ダボルスコ
文:ジェイ・コウガミ

【アーティスト支援団体「PRS Foundation」がロンドンから来日・登壇する「新しい音楽の学校 HR Summit 2019」(11月30日開催)。チケット申し込みは下記から】